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                           昭和23年度(1948年)

新制高校実施 豊橋高等学校となる

 わが国教育史上画期的な大事業である六・三・三・四の学校体系を規定した学校教育法が、昭和二十二年三月三十一日制定された。二十二年四月から、新制中学校、二十三年四月から新制高等学校、二十四年四月から新制大学がそれぞれ発足することになった。
 昭和二十三年四月一日愛知県は告示を発して、愛知県豊橋中学校を愛知県立豊橋高等学校と改称し、その併設中学校の課程を愛知県立豊橋高等学校併設中学校と改めた。

 年度途中で新制高校の再編成が行われ、九月三十日、県立豊橋高等学校は廃止となり、翌十月一日付で県立豊橋時習館高等学校となった。
 なお、この校名は昭和三十一年四月十九日「豊橋」の二字を削り、愛知県立時習館高等学校と改称した。



東三河新制高校野球大会優勝

                         一回戦 豊橋  5Aー4 名教
                         二回戦 豊橋 11Aー0 豊橋工
                         三回戦 豊橋  4Aー0 豊川

                         優勝戦  二商100000101−3
                                豊橋41202031A−13
                                 (二)高橋ー武田
                                 (豊)青木伸次ー藤田良彦
                           打撃賞 一位 斉藤了一 二位 青木伸次

             昭和23年春 東三河新制高校野球大会優勝
       
          後列左より:芳村亮雄・松永整二・田嶋義雄・水藤勝・藤田良彦・林弘・今井明・早川正倫・?、              竹内基二郎(斉藤信夫提供)
           前列左より:鈴木・小口・竹内基二郎・荒島昭吾・大嶽保・渥美政雄監督・青木伸次・斉藤信夫


飯田遠征 (五月十六日)

                           
豊橋高 11ー6 飯田高校
                           豊橋高  9ー1 飯田商業

全三河高校優勝野球大会

                        準決勝 六月二十五日 豊橋高校庭
                           豊橋高012000100−4
                           岡崎高00600015A−12

                           (豊)青木伸次ー藤田良彦
                           (岡)渡辺・斉藤・沢田・近藤ー大村

                        優勝戦 岡崎高 6Aー1 豊商



   ■第30回選手権大会(昭和23年・1948年)の愛知県大会 “準優勝”

 東海大会は、愛知予選が独立の一地区の愛知大会となり、三重と岐阜が三岐大会の構成となった。

 豊橋高は、一回戦津島と同点のまま日没ドロンゲームとなり、再試合でコールド勝ちしてから一気に優勝戦まで勝ち上った。

 一回戦(日没ドロンゲーム) 七月二十三日

                           豊橋001000040−5
                           津島000112100−5
                            (豊)青木伸次ー田嶋義雄
                            (津)浜田ー岡部

 一回戦再試合 七月二十七日

                           津島0010000−1
                           豊橋100035A−9
                             (七回コールド)
                            (津)浜田、佐脇ー岡部
                            (豊)青木伸次ー田嶋義雄

 二回戦 七月三十日

                           南山200000000−2
                           豊橋00000031A−4
                            (南)柘植ー丹羽
                            (豊)青木伸次ー田嶋義雄

(朝日)南山高は一回二安打二四球と敵失に二点を先取して機先を制し、その後は柘植投手のシュート気味の軟投が奏功して、六回まで豊橋高を無得点におさえ、このまま押切るかと思われたが、七回柘植投手崩れて連続六四球を出し、三点を奪われ八回さらにだめ押しの一点を加えられて敗退した。救援投手のない悲しさで、っせり気味の豊橋高は対津島戦になした打棒の威力さらになく、わずかに青木投手の健投によって救われたといえる。

 三回戦 八月一日

                           愛知商000010010−2
                           豊  橋01000012A−4
                            (愛)野尻ー斉藤
                            (豊)青木伸次ー田嶋義雄

 準々決勝戦 八月二日
                           豊  橋200100002−5
                           名文理000020000−2

 準決勝戦 八月三日
                           豊  橋000010103−5
                           千種工000000100−1

(朝日)豊橋のリリーフ大嶽保、千種工加藤両投手とも落着いて好投したが、豊橋は三回大嶽崩れるとみて直ちに青木伸次に替えて防ぎ、五回二死後二安打で一点を先取し、七回千種工の内野失にまた一点を加えた。その裏千種工も直ちに一点を返して追撃、さらに八回無死一塁に走者を出してチャンスを迎えたと思われたがバント・エンド・ランがダブられて機を逸したは痛かった。九回千種は内野が乱れてまたも三点を追加され万事休したが、豊橋高は打力に一日の長があり、千種も敗れたとはいえ、ここまで健闘したのは本懐であろう。

 優勝戦 (八月四日)

必勝を期す両監督談(中日)
 渥美監督(豊橋)談=相手の享栄商は優勝候補の随一だけに、われわれのチームにくらべるとやはりワザは一歩進んでいるが、全選手ガッチリ組んで必勝の意気に燃えています。享栄の三日にくらべて四日間の連続試合でぶが悪いが捨身の精神力で、必ず勝つてみせます。
 芝監督(享栄)談=相手の豊橋は相当強いチームだからあまり自信がもてませんが、必死でガンバルつもりです。どうも打力が不振だからもっと打たねばならぬと思っている。連日の試合にも選手のコンディションは良好がから、決勝戦は甲子園を目指してベストをつくします。

                           豊  橋000000001−1
                           享栄商03200000A−5

栄冠 享栄に輝く 豊橋高 健闘空しく敗退
(中日)甲子園に送る晴れの愛知代表を決める高校野球愛知大会の優勝戦は十六日目の四日午後一時から鳴海球場で挙行、一回戦から優勝戦まで古豪、新鋭を退けて五連勝した享栄商と豊橋とが対戦、中等野球時代豊橋高は大正五年(第二回)享栄商は昭和九年(二十回)いずれも東海代表として全国大会に出場の先輩の残した光栄ある球史にかけても絶対負けられぬこの一戦、石にかじりついても勝たねばと試合開始前のフィルディングから早くも球場に壮絶の気をみなぎらせた。
 試合は水野享栄、青木豊橋両投手の一騎打になるかと思われたが、享栄は幸運のスタートを切り青木投手を攻めて前半すでに大量の得点をしたまま、強引に押し切ってついに優勝。豊橋高は後半に入ってからの健闘も空しく敗退した。
 引き続き閉会式が行われ川畑愛知県高校連盟会長から享栄石田主将に優勝旗を授与してのち多賀朝日新聞中部総局長および伊藤大会会長から代表選手激励のあいさつがあり、享栄ナインは紫紺の優勝旗をかざす石田主将を先頭にスタンドの大拍手をあびつつダイヤモンドを一周、前後十六日間にわたる大会の幕を閉じた。

試合概要
亨栄は二回目日野の遊ゴロ失をきっかけに単打、内野安打各2本と捕逸で一挙3点を先取し気勢をあげ三回またも道家四球を選び投手の暴投にチャンスをつかみ再度スクイズに成功して二点を加えて大勢を決した。豊橋の打棒は水野義一の速球とカーブにおさえられて極めて振わずそのうえ不運なタイムリーエラーが続出して前半早くも得点の開きを大きくしたが四回以後は青木伸次投手も大いに立ち直り、しばしば痛打を浴びながらも相手に得点を与えず最終回青木、今井明の二安打に無死走者三、二塁の好機をつかみ代打者松永整二の遊ゴロに一点をあげて僅かに反発力を示して敗退した。亨栄の勝因は水野投手の快投と元気で堅実な内野守備にあったが豊橋ははじめ堅くなり疲労の深い青木投手の整わない二、三回に不覚にも内野をかき回されて実力の開き以上の得点差で試合を失った。内野が凡失を繰返した点にも弱点はあったがもっと気楽に捨身の一戦をいどむべきであった。

豊橋高 . 享栄商
守備 選手名 学年 打数 安打 失策 守備 選手名 打数 安打 失策
4 竹内基二郎 3年 4 1 0 4 小島 4 0 0
8 荒島昭吾 2年 3 0 0 7 道家 3 0 0
5 芳村亮雄 1年 2 0 0 1 水野義一 3 1 0
7 大嶽 保 2年 4 2 0 5 日野 4 1 0
6 藤田良彦(主将) 3年 3 0 1 6 石田 3 1 0
1 青木伸次 2年 3 1 0 3 村瀬 4 2 0
3 今井 明 2年 4 2 0 2 木村 2 0 0
2 田嶋義雄 1年 4 0 0 8 吉田 4 0 1
9 斉藤信夫 1年 3 0 0 9 伊藤 3 1 0
PH 松永整二 1年 1 0 0 .
31 6 1 30 6 1

 第30回選手権に出場した享栄商は、第1戦 浅野(神奈川)に 2:1 で勝利、第2戦 鹿島一(佐賀)に 11:0 で勝利、第3戦 西京商(京都)に 5:0 で敗退。
 優勝は桐蔭(和歌山)を 1:0 で破った小倉(福岡)



豊橋球場完成

 東三河地区にはきまった球場もなく、高校野球は、豊川球場、東田球場、愛知大学グラウンド、或いは自校のグラウンドで対外試合を行っていたが、市営の豊橋球場が東八町に8月19日完成した。両翼330フィート、センター376フィートで内野8000人、外野15000人の収容能力をもつ観覧席を有した。

開場記念試合 八月二十一日

 地元高校を中心に記念試合四試合が行われ、豊橋高校は熱田中学と対戦、徳永投手の好投で三対〇で敗れた。

  成章 7Aー6 青陵(現豊橋東)
  豊川 6Aー2 豊橋工業
  岡崎 6Aー0 豊商
  熱田  3ー0 豊橋

東海大会 (愛知、岐阜、三重、静岡の夏の大会優勝戦に残った各二チームが参加) 九月五日 豊橋球場

  沼津一高 2ー0 豊橋

招待試合 九月十八・十九日  豊橋球場

  豊橋 7Aー2 飯田
  豊橋  7ー3 岐阜一高
  (十月一日から校名が豊橋時習館と変わる)

 十月三十一日 静岡一高 15ー5 時習館

市民大会 十月七日・十一日 豊橋球場

  時習館 7Aー2 青陵
  豊橋商 2Aー1 豊橋実業
 優勝戦
  時習館000001220−5
  豊橋商000000000−0

県下大会 十月九日 鳴海球場

  旭丘 8ー3 時習館


東三リーグ戦 十月二十七日〜 豊橋球場

  時習 9Aー2 成章
  豊川  5ー3 時習館




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